LiRh2O4

 理研ポスドク時代の唯一といっていい仕事である。Na4Ir3O8の論文も所属が理研となっているが、論文に載せた実験結果は全て博士課程在籍時に測定されたものである。理研には7か月しか在籍しなかったので研究室にあまり寄与できず申し訳なく思っているが、運よくこの物質を見つけたおかげで最低限の仕事はできたとも思う。LiRh2O4は博士課程の頃にストックしたネタの一つである。当時Sr1-xRh2O4という物質を研究していた。この物質はγ-NaxCoO2と同じ層状の結晶構造をもつ物質で、x = 0のSrRh2O4はバンド絶縁体だが、Srが欠損することでRhのt2gバンドにホールドープされ、最終的に金属的な物性を示す。このようなホープドープをスピネルのZnRh2O4に対しても同様に行えないか、というのがこのテーマの出発点だ。もしうまく合成できれば、熱電変換(NaxCoO2やSr1-xRh2O4から)や超伝導(NaxCoO2 H2Oから)といった出口イメージを想像でき魅力的である。スピネル構造ではγ-NaxCoO2と異なり陽イオンは欠損しにくいので、ホールドープとしてはZnをLiで置換するのが最も安易な方法である。が、これまでにLiドープが行われた例はないし、Znを全てLiに変えたLiRh2O4の合成の報告もない。実際に酸素雰囲気でLiドープを試してみたが全く固溶しなかった。ただ、経験則からRh4+はそう高くない酸素圧で実現されることが多いので可能性はあると考えていた。その状況で理研に移ると、新高さんが高温で使用できる高圧酸素炉を立ち上げていたので借りて試すことにした。

図1. スピネルLiRh2O4の結晶構造. 緑, 紫, 赤の球がそれぞれLi, Rh, O原子の位置を示す.

 いきなりZnサイトをLiで完全に置換したLiRh2O4の合成を試みたところ、Li2O2とRh2O3を原料として5気圧の酸素雰囲気でほぼ単相の試料を合成することに成功した。一応新物質ということになる。立方晶Fd-3mのスピネル型の結晶構造をとり、図1のように四面体サイトをLiが、八面体サイトをRhが占有する。平均価数3.5+のRhイオンがパイロクロア格子を組むため、上記の妄想に加え、価数のフラストレーションも物性に影響するかもしれない。同じd電子配置をとる物質としてはCuIr2S4が挙げられ、この物質はかなり複雑なパターンの電荷秩序相へ相転移することが知られている[1]。期待して測定した電気抵抗率と磁化率の温度依存性の結果を図2に示した。 

図2. LiRh2O4多結晶試料の電気抵抗率(a)と0.1 Tの磁場中で測定した磁化率(b)の温度依存性. 緑色, 水色の破線はそれぞれ立方晶と正方晶, 正方晶と斜方晶の相境界を表す.

 電気抵抗率と磁化率をみると、230 Kと170 K付近の2か所の温度で折れ曲がることがわかる。図2にはそれぞれ緑色と水色の破線で示されている。これらの異常はともに構造転移を伴う相転移によるものである。従ってLiRh2O4には3つの相が存在することになるが、このうち230 K以上の高温相はPauli常磁性金属であり、電気抵抗率・磁化率ともにほとんど温度依存しない。一方、170 K以下の低温相では電気抵抗率が発散的に大きくなり、磁化率はギャップ的な振る舞いを示すため非磁性絶縁体であることがわかる。反強磁性でなく非磁性であることは当時瀧川研に在籍された和氣さんによるLi-NMRにより確かめられた。多分、CuIr2S4のIrと同様にRh4+がxy面内でダイマーを形成する並び方でRh3+とRh4+に電荷秩序するのだろう。但し電荷秩序のパターンは両物質で異なることが内田さんに測定していただいた電子線回折により示唆されている。有名なFe3O4に代表されるように、パイロクロア格子上の電荷秩序は複雑なパターンになりやすい。現状ではLiRh2O4の秩序パターンは明らかになっていない。
 問題は170 Kと230 Kの間の中間相である。この相では電気抵抗率と磁化率はともに温度減少に伴いだらだらと増加する。一方、阪大菅研の中津さんによる光電子分光ではFermiエネルギーに有限の状態密度が観測された(
論文20)。また、中間相の空間群は電子線回折と粉末XRDの結果からは正方晶のI41/amdと示唆され、電荷秩序を示唆するような対称性の低下も存在しない(立方晶Fd-3mの高温相をc軸方向に引き伸ばしただけ)。従って、230 Kの相転移は金属から金属への相転移であり、t2g軌道の軌道縮退を解くことでエネルギーを得するバンドJahn-Teller転移と理解できる。バンドJahn-Teller効果はCuIr2S4の電荷秩序相転移においても重要性が指摘されているが[2]、LiRh2O4ではこれが単独で起こることがユニークである。遷移金属酸化物を見渡してみてもこのようなバンドJahn-Teller転移を示す物質は見当たらず、この物質ならではの理由があるはずだが、それが何かを突き止めることはできていない。egでなくt2g軌道のJahn-Teller転移であること、Rhの4d軌道が広がっているため結晶場の影響が大きいこと、スピネル構造であることなどが重要なキーワードであるはずだ。LiRh2O4は、これ以外にも熱起電力や熱伝導度、Znドープや超伝導発現の可能性の観点から非常に興味深い物質である。現在ではこの物質の研究から離れているが、今後面白い物理が見出されることを期待したい。

[参考文献] [1] P. G. Radaelli et al., Natrure 416, 155 (2002). [2] D. I. Khomskii and T. Mizokawa et al., Phys. Rev. Lett. 94, 156402 (2005).

[発表] 論文7,20, 国際会議7,11, 国内学会11, 科研費研究会5

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