CsW2O6

 広井研にやってきたので、まずはご当地ものとしてβパイロクロアの研究をやろうと考えた。といってもOs酸化物の超伝導体に私が手を出してもしょうがないので、やるなら新物質を見つけたい。最初はかなり怪しげなTeのβパイロクロアを合成していたのだが、信頼できる試料を得るのが難しかったので高木研在籍時にストックしていたCsW2O6を研究することにした。この物質はR. J. Cavaらによって唯一報告されている物質で、1.8 K以上で超伝導にならないことが報告されている[1]。これ以外の物性は報告されていないが、何せCavaのグループが既に合成しているので、物性測定がされていないわけがない。おそらく何も面白くないか、または不純物だらけで物性データを論文に載せられないかどちらかなのだろう。しかし、この物質ではWの価数が5.5価で5d0.5の電子配置をとるので、どのような物性が現れるのかは気になるところである。パイロクロア格子でd0.5というとLiTi2O4が思いつくし、理研在籍時に研究していたLiRh2O4や、CuIr2S4の電子版と見ることもできる。また、Wの酸化物でわずかに5d電子をもつという点ではWブロンズを思い起こさせる。このように並べてみると超伝導になってもよいように思われ、何が起こっているのか自分の手で合成して確かめる必要がある。実際には、広井研に修士課程の学生として在籍していた長尾君によって合成・物性測定がなされ、長尾君の卒業後に私が引き継いだ。

図1. CsW2O6の結晶構造. βパイロクロア型の結晶構造をもつ. 緑、ピンク、赤の球がそれぞれCs, W, O原子の位置を表す.

 試料の合成はCavaらの報告に従って固相反応法により行った。ちょっとトリッキーで、Cs1.7W2O6の組成になるようにCs2WO4、WO2、WO3を混ぜ、真空封管し、これを700°Cに温めた電気炉に放り込んで一日反応させたのちクエンチする。これより高い温度では分解する。得られた試料はCsW2O6と未反応のCs2WO4の混合物であり、Cs2WO4を水洗して取り除いた。そのようにして濃い青色のほぼ単相のCsW2O6粉末試料を得ることができた。しかし、この方法では水洗しなければならないのが問題で、粉末試料なのでトランスポートの測定は困難である。Cs2WO4が残らない方法をあみだすか、単結晶を合成する必要があるが、中々難しい。 

図2. CsW2O6粉末試料の磁化率の温度依存性.

 磁化率を測定したところ、図2に示したように210 Kで温度ヒステリシスを伴う不連続な変化を示した。同じ温度で比熱が跳び、格子定数が不連続に変化するため、この不連続な変化が一次相転移によるものであることが推定される。直感的には構造相転移を伴う金属絶縁体転移と思われるが、上記のように粉末試料であることが原因でトランスポートの測定が困難であるため、この予想が正しいかどうか確かめることができていない。また、電子線回折によって低温相が長周期構造をもつことを見出したが、この長周期構造と瀧川研吉田さんに測定していただいたNMRの結果の辻褄が合わない。そんなこんなで行き詰ってしまい、現状では論文にまとめるところまで至っていない。何とかして突破口を見つけたいのだが、、。

[参考文献] [1] R. J. Cava et al., J. Solid State Chem. 103, 359 (1993).

[発表] 国内学会14, 科研費研究会5,8

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