CdCu3(OH)6(NO3)2・H2O

 スピン1/2カゴメ格子反強磁性体の候補物質になりうると考えvesignieite BaCu3V2O8(OH)2の合成を試みたが、合成条件を工夫しても試料の質がなかなか良くならなかったため、並行して他の候補物質の文献調査を行っていた。その結果見つけたのがこの物質である。ICSDには三方晶P-3m1と三斜晶P1の二通りの構造解析の結果が記載されているが、この違いはNO3基の配向のディスオーダーの有無に起因しているようで、ほとんど同じ結晶構造といえる。P-3m1で描いた結晶構造を図1に示したが、Cu2+の層がNO3とH2Oにセパレートされた層状構造であり、Cu2+は歪みのないカゴメ格子を組むため、スピン1/2カゴメ格子反強磁性体として物性が面白いのではないかと考えた。この物質の先行研究として、Oswaldにより非常に古い論文が一本だけ報告されている[1]。ドイツ語なので中々難しいのだが、合成法が書いてあるように思える。しかし、どう翻訳しても「15年間反応させて単結晶を作った」としか読めない。万一これが本当だとしても、15年合成することは困難なため、合成法を一から考えることにした。

図1. CdCu3(OH)6(NO3)2・H2Oの結晶構造. (a)はa軸方向から, (b)はab面に垂直な方向から見ている.

 試行錯誤の末、水熱合成法によって容易に単相試料を得ることができるようになった。水色の粉末試料であり、粉末X線回折のピークも非常にシャープである。例えばvesignieiteと比較するとはるかに結晶性が高い。原料として水酸化銅と硝酸カドミウム水溶液を用いるのだが、硝酸カドミウム水溶液を思いっきり濃くして大過剰で反応させることがポイントである。目的物質にCd過剰の不定比性があればこの方法は適していないが、そうでないならかなり有効な方法である。事実、同様の方法でいくつかのカゴメ物質の合成に成功している。
 高品質な試料を得ることができたため、期待して測定した磁化率の温度依存性が図2左である。低温で急激に増大する。磁場を変えて詳しく測定すると(右図)、どうやら4 Kで弱強磁性相に相転移しているようだ。同じ温度で比熱にも異常が現れるのでバルクの相転移である。高温領域からはWeiss温度が負であり、反強磁性相互作用が支配的とわかるので、おそらくスピンがわずかに傾いた傾角反強磁性秩序であろう。そうこうしているうちに、有名なカゴメ物質であるherbertsmithiteを発見したMITのグループからこの物質の物性に関する論文が報告されてしまった[2]。踏んだり蹴ったりだが、唯一の救いは、私が合成した試料の方がMITの試料より結晶性が高く、純良に見える点である。おそらく彼らはOswaldと同じような方法で時間を短縮して合成しているためだと思う。せめて彼らが純良な試料を合成する前に、我々の結果を論文にまとめておかねばならない。また、スピン1/2カゴメ格子反強磁性体の候補物質の探索もやり直しである。

図2. CdCu3(OH)6(NO3)2・H2Oの磁化率の温度依存性.左は0.1 Tで測定した磁化率とその逆数. Curie-Weissフィットの結果はWeiss温度が-62 K, 有効磁気モーメントが1.98μB/Cu. 右は0.01 Tから5 Tの磁場で測定した低温部分の磁化率.

[参考文献] [1] H. R. Oswald, Helv. Chim. Acta, 52, 2369 (1969). [2] E. A. Nytko et al., Inorg. Chem. 48, 7782 (2009).

[発表] 国内学会17,21,24, その他研究会2

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