YMn2Zn20

 近年、f 電子系の固体物理の分野では、充填スクッテルダイトのような対称性の高い"カゴ"の中に希土類元素を置いた金属間化合物が流行っている。正直言ってf 電子は敷居が高く、なかなか手を出せない。しかし、これらの化合物の中にはd電子をホームとする我々から見ても面白そうな物質が紛れており、AB2C20の組成をもつ金属間化合物が正にこれに当てはまる。AB2C20では主にAが希土類、Bが遷移金属、CがZnまたはAlによって占有され、f 電子物性の観点からYbCo2Zn20やPrIr2Zn20といった物質が注目されている。しかし、我々にとってはβパイロクロアと類縁の結晶構造をとる点で興味深い。βパイロクロア酸化物AB2O6のOをCと変えて少しだけ動かし、さらにCを14個足すと図1に示したAB2C20の結晶構造となる。当然、AB2C20においてA原子はダイヤモンド格子を、B原子はパイロクロア格子を組む。本当は我々が自力で気付かなければならなかったのだが、この点を我々に教えてくれたのは神戸大学の播磨先生である。
 AB2C20の系において我々が目標としたのは、パイロクロア格子を組むBサイトに磁性の強い遷移金属原子を配置することで伝導電子の有効質量が著しく増大した重い電子状態を実現し、さらにそれを超伝導にすることである。これはスピネル酸化物LiV2O4やラーベス相(Y,Sc)Mn2との安易なアナロジーによる。文献調査と試料合成の試行錯誤の結果、最終的にYMn2Zn20という物質に行きついた。この物質はYMn2を20個のZnによって押し広げた物質と見ることができる。ただし、YMn2Zn20は少し変わっていて、ZnサイトをInまたはAlによって部分置換することで初めて安定となることが報告されている[1]。しかし、これまでに物性の報告はなく、また、結晶構造や化学組成の置換量依存性も不明であったため、置換量を振った試料を合成し、物性測定を行うことにした。この研究は、広井研所属大学院生の清水君の修士論文として行われた。全ての試料の合成と基礎物性の測定は清水君の手によってなされている。また、単結晶XRDによる構造解析はX線室の山浦さん、ICPによる組成分析は化学分析室の木内さんを中心として行われた。

図1. AB2C20の組成をもつYMn2Zn20の結晶構造. Bサイトを占有するMn原子の組むパイロクロア格子が黄色の実線で示されている.

 InまたはAlで部分置換したYMn2Zn20単結晶試料を溶融凝固法によって合成した。原料の金属単体をアルミナ容器に入れ、さらに真空石英封管する。これを高温にして原料全体を溶融させたのち、徐冷することで目的物質の単結晶が得られる。詳細な合成法は、論文18・29を参照していただきたい。得られた単結晶は他のAB2C20と同様に正八面体状の形状をもち、金属光沢がある。
 図2に、In置換したYMn2Zn20の磁化率と比熱の温度依存性を示す。(a)の磁化率はCurie-Weiss的な温度依存性を示し、パイロクロア格子に磁性原子を並べるという当初のもくろみは一見達成されたかに見える。だが、この強いCurie-Weiss磁化率はほとんど全て「過剰Mn」による寄与であった。X線構造解析とICP分析によって、この物質ではMnがBサイトだけでなくCサイトを部分占有することが明らかになり、我々はこれを過剰Mnと呼んでいる。この過剰Mn原子は非常に大きな局在磁気モーメントをもち、本来知りたかったパイロクロア格子の磁性を隠してしまう。しかし、過剰Mn組成はIn置換量xを小さくすることで減少し、最もIn置換量の少ないx = 2.36では磁化率においてパイロクロア格子を占有するMn原子の寄与がかなり大きくなっていることがわかった。(b)を見ると、x = 2.36のCp/Tは最低温度で200 mJ K-2mol-1に達し、もしこれが伝導電子の有効質量の増大に寄与していればかなり重い電子状態が実現していることになる。現状ではパイロクロア格子を形成するMnの磁性によって伝導電子の有効質量が増大している確たる証拠はないが、今後過剰Mnフリーな試料を合成できればこの問いに答えることができるだろう。また、In置換に限らず、現在得られているYMn2Zn20の試料はいずれも0.4 Kまで超伝導転移を示さないが、超伝導実現にとっても過剰Mnフリーな試料を得ることは必要条件である。

図2. In置換YMn2Zn20単結晶試料の磁化率χ(a)と温度で割った比熱Cp/Tの温度依存性.

[参考文献] [1] E. M. Benbow and S. E. Latturner, J. Solid State Chem. 179, 3989 (2006).

[発表] 論文18,29, 国際会議14, 国内学会19, 科研費研究会10,11,13, その他研究会3,4.

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