LiGaCr4O8とLiInCr4O8

 ハイパーカゴメNa4Ir3O8の研究以降、スピネル酸化物のBサイトを二種類の元素によって占有させることで何か面白い物質を見つけられるのではないかと考えていた。スピネルAB2O4においてB原子はパイロクロア格子を形成する。Na4Ir3O8ではこのBサイトのうち1/4がNaで、3/4がIrで秩序占有されており、Irの副格子はパイロクロア格子から派生した全く別のフラストレート格子を形成していたわけである。これに気を良くし、二匹目を狙って色々な物質を合成したのだが、際立った物質を発見することはできなかった。
 発想を転換し、Aサイトを二種類の元素が占有する物質を探すことにした。Aサイトが秩序して占有されれば、B原子の組むパイロクロア格子に何らかの影響があるはずだ。そこで目を付けたのが、LiGaCr4O8とLiInCr4O8である。これらは40年以上前にJoubertとDurifによって合成された物質である[1]。空間群は立方晶のF-43mと報告されていて、Fd-3mの空間群をもつ通常のスピネル構造と比べて低対称である。この対称性の低下はLiとGa(またはIn)がzinc blende型に秩序配列することによってもたらされており、その結果S = 3/2スピンをもつCr3+イオンのパイロクロア格子は、図1(b)に示されているように小さな正四面体と大きな正四面体が交互に並ぶように変調されている。我々はこのパイロクロア格子を、正四面体が交互に膨張収縮していることからブリージングパイロクロア格子と呼ぶことにした。普通の均一なパイロクロア格子にCr3+イオンが並んだスピネル酸化物ACr2O4は、幾何学的フラストレーションの影響を強く受けた反強磁性体であり、スピンJahn-Teller転移や半磁化プラトーといった非常に興味深い磁気的性質を示すことが明らかにされている[2]。このCrパイロクロア格子がブリージングすることで、磁性にどのような影響が現れるかは興味深いと思う。直感的には、正四面体の大きさが著しく異なればスピンシングレットの基底状態をとるだろうと想像できる。しかし、そこから通常のパイロクロア格子に近づけていったときに何が起こるのかは自明でない。

図1. (a) LiGaCr4O8とLiInCr4O8の結晶構造.
(b) 両物質におけるCr3+のブリージングパイロクロア格子.

 そこで、LiGaCr4O8とLiInCr4O8の多結晶試料を合成し、粉末中性子回折による構造解析と、MPMS・PPMSによる磁化率・比熱測定を行った。中性子回折実験は英国ISISのパルス中性子ソースのGEM回折計を用いて行われ、エジンバラ大学のAttfield教授と当時広井研PDのNilsen氏の協力により結晶構造が決定された。両氏に深く感謝する。この実験により明らかになったことは、Ga、Inの場合ともにLiとGa/Inが完全に秩序配列していること、Inの方がGaよりもわずかに結晶構造のブリージングの度合いが大きいことである。図1(b)の青と黄の正四面体の大きさの差は、Gaで3.5%、Inで4.9%である。しかし、両物質の磁気的性質はごくわずかな構造の違いを反映して著しく異なる。図2に磁化率を示したが、Gaの磁化率はZnCr2O4に代表される通常のCrスピネル酸化物と同じような温度依存性を示すのに対して、Inではスピンギャップ的な振る舞いが現れる。両物質はそれぞれGaで13.8 K、Inで15.9 Kにおいて反強磁性長距離秩序を示すが、興味深いことに磁気相転移におけるスピンエントロピーの放出の仕方はブリージングの強さの違いを反映して大きく異なる。今後解決すべき課題として、両物質の磁気秩序相に本質的な違いがあるかどうか、磁気秩序相とシングレット相の境界はどのようになっているのかといった点が挙げられる。また、Cr以外のスピネル酸化物においてもパイロクロア格子がブリージングすることで面白い物性が現れる可能性がある。 

図2. LiGaCr4O8とLiInCr4O8の磁化率の温度依存性. 挿入図に逆帯磁率を示した.

[参考文献] [1] J.-C. Joubert and A. Durif, Bull. Soc. franc. Miner. Crist. 89, 26 (1966). [2] H. Ueda, H. A. Katori, H. Mitamura, T. Goto, and H. Takagi, Phys. Rev. Lett. 94, 047202 (2005)など.

[発表] 論文37, 国際会議16, 国内学会25, その他研究会5,6.

戻る

inserted by FC2 system