Edwardsite Cd2Cu3(SO4)2(OH)6・4H2O

 この物質は、広井研院生の石川君によって先行研究の存在が見出され、単相試料が初めて合成され、物性測定が行われたスピン1/2カゴメ格子反強磁性体のモデル物質である。そのためこの物質に関する薀蓄を私が語るのは筋違いかもしれないが、ちょうど論文が出版されたので宣伝の意味を兼ねて紹介したいと思う。
 edwardsite(エドワードサイト)は、2010年に結晶構造と組成が決定された新しい鉱物である[1]。格子定数がいずれの方向にも10 A以上ある複雑な結晶構造(図1)をとるが、よくよく見るとCu2+イオンが少し歪んではいるがカゴメ格子を組んでいることに気付く。この物質のカゴメ格子の特徴は、他の銅鉱物系のモデル物質と比べてより厚い非磁性層に隔てられるため、より二次元性が高いと期待される点である。実際、カゴメ層間の距離を比べると、herbertsmithiteで4.7 A、vesignieiteで6.9 A、volborthiteで7.2 Aであるのに対してedwardsiteでは10.0 Aもある。非磁性層を介した層間の磁気相互作用は理想的なカゴメ格子からのずれの一因となりうるため、弱いに越したことはないだろう。カゴメ格子の歪みは気になったが、カゴメ格子上で最も長いCu-Cu結合と最も短い結合の長さの違いは5%程度であり、さらに図1(b)に示したようにスピンを担う軌道がカゴメ格子の三回対称を維持するように並ぶため、等方的なカゴメ格子からのずれはそう大きくないだろうと考えることにして気にせず研究することにした。先行研究では天然鉱物を用いた構造解析・組成分析だけが行われていたため、物性測定に利用できる純良試料の合成条件を探るところから研究を始めた。

図1. edwardsite Cd2Cu3(SO4)2(OH)6・4H2Oの結晶構造. (a)はb軸方向から, (b)はbc面に垂直な方向から見ている. (b)に、各Cu2+イオンにおいてスピンを担うx2 − y2軌道を示した.

 試行錯誤の結果、硫酸アンモニウムでpHを調製した硫酸カドミウム水溶液と水酸化銅を反応させることでedwardsiteの単相試料を得ることに成功した。薄い水色の粉末である。合成手順の詳細は論文38を参照していただきたい。得られた粉末試料の磁化率の温度依存性を図2に示す。150-300 Kのデータに対してCurie-Weissフィットすると、Weiss温度θ = −66.2 Kのスピン1/2反強磁性体であることがわかった。ちなみに、同じ温度領域の磁化率を高温展開の計算結果と比べることでカゴメ格子上の平均の反強磁性相互作用がJ = 51.1 Kと評価された。一方低温では、図2(b)からわかるように弱強磁性的な振る舞いを示す。edwardsiteにおいて働いていると思われる比較的強いDM相互作用と、edwardsiteに特有のカゴメ格子の歪みのパターンから、秩序相の磁気構造はスピンが僅かに傾いたq = 0の120°構造と予想される。

図2. (a) edwardsiteの磁化率の温度依存性. 1 Tの磁場中で測定. 挿入図にその逆数を示した. 緑色の曲線, 直線はそれぞれ高温展開の計算結果とCurie-Weiss則によるフィッティングの結果を示す. (b) 0.01 Tと1 Tの磁場中で測定した低温部分の磁化率.

 edwardsiteを含め、これまでに様々な銅鉱物系のスピン1/2カゴメ格子反強磁性体のモデル物質を研究してきたが、この物質群でスピン液体を見つけようというのは無理筋なのではないかと疑うようになってしまった。事ここに至っては、スピン液体以外にもカゴメには面白い点が色々ありますよという方向に進むのが正解で、実際に色々と面白いことはよくわかっているのだけれど、あきらめたらそこで試合終了ですよ、という囁きも確かに聞こえるんだよね。

[参考文献] [1] E. Elliott, J. Brugger, and T. Caradoc-Davies, Miner. Mag. 74, 39 (2010).

[発表] 論文39.

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